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神奈川大学附属中学校受験体験記

読了までの目安時間:約 6分

神奈川大学附属中学受験した
体験を書いてみました。

私が中学を受験したのは、
些細なきっかけでした。


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神奈川大学附属中学は
私立の中高一貫校です。

私が子供の頃には、珍しい共学の
私立中学でした。

当時、兄は地元の公立中学に
進学したのですが、私は兄と
同じということがとにかく
嫌いな弟でした。

そのため、公立中学には進学
したくないという妙なプライドと、
両親が多少は勉強ができるのでは?



という淡い期待を背に、中学受験を
することになったのです。

法政大第二中学校への受験について


法政大第二中学校を受験することに
なっていた私。親の意に反して
違う学校を志望しました。

その当初は、5年生からの2年間を塾に
通えば、それなりの中学校に
進学できるというのが定説でした。



両親が何故市進学院を選んだのかは、
今でも謎なのですが、入塾テストを
受けに行った時の妙な緊張感を
覚えています。


入塾すると、すぐにつきまとって
きたのは偏差値でした。

入塾時期より、私の目標は親に
課せられた法政第二中学校でした。

男子校で名門という場所へ進学させたかった
ようです。ですが、法政大第二中学は
偏差値が少し足りませんでした。

その中学校へ進学するためには、
国語と社会がネックになっていました。

今思えば、国語と社会の不得意よりも
数学と理科を伸ばしていればどうにか
なっていたのかもしれません。



偏差値がいくつ足りないという
念仏のような言葉を、塾の先生、
母親にしつこく言われ続けたのです。

偏差値は、子供には意味のわかりにくい
数字ですよね。似たようなテストでも
いい時と悪い時があって、親の顔色を
伺っていました。

今思い返すと、偏差値って何なんだろう?
あの数値に囚われた日々は、
子供ながらに苦痛だったように思います。



両親が決めた目標は以前として法政第二
中学校でしたが、共学に進学したいという
気持ちと、新しい学校に行きたいという
気持ちから、自分の目標は勝手に
神奈川大学附属中学校へと
シフトしていました。

親はこの頃の僕のことが扱いづらかった
かもしれませんね。

しかし何故か、神奈川大学付属中学に
惹かれたことを今でも覚えています。

学校紹介を入念に読みふけっていたなぁと
思い返します。そこであれば、偏差値は
現状で十分に事足りる状況でも
あったのです。



週に3度の塾によって、小学校では
受験組5人程度とその他という友達
付き合いに分かれていきました。

遊びたいけど遊べない、それを選択したのは
自分だからという理由で、
親からも、先生からも、今は勉強を
頑張りなさいと言われる2年間でした。

何度幼いながらに親へ抵抗したことでしょう。
そして先生にも抵抗したことでしょう。

実際には進学することができ、在学中は
充実した日々を送ることができました。

神奈川大学付属中学に行って良かったと
思っています。しかも高校からの受験組が
いないので集中して
六年間勉強することが出来ました。



今から思えば、法政大に中学も挑戦すれば
よかったのかもしれないなって思います。

希望校には進学したものの、遊びたかった
気持ちを押さえて、その時にしか
味わえない友人たちとの生活を
惜しく思う反面もあります。


何が正しかったのかはわかりません。
ただ、目標を持ちチャレンジしたこと
には意味があったと思います。



私は、どこの中学校を受験するにも、
子供の成熟していない心や考えでは、
決定をしていくことが難しいからこそ、
両親がいかにその子を見つめ、感じ、
導いてあげるのかが大切だと思います。

偏差値という数字に決めつけられる
毎日はどこの中学校を受験しようとも、
子供には苦痛でしかありません。

ですが、私も経験した受験からしか
得られないものもあるように思います。

今自分が親の立場になって
子供の将来を考えるときに
改めて思います。

おそらく私も息子も受験を
する雰囲気があります。



妻との出会いは、大学に入ってですが
やはり附属での経験があったから
出会ったのだと思います。

子供の受験で家庭が重くならないように
妻を支え、子供をサポートしながら
子供が充実した生活を送れるように
支えてあげたいと思っています。



昔以上に受験事情は過酷です。

塾もたくさんありますし
学校も子供を集めるために
いろんな情報が混ざっています。

その中から子供にとってベストな
学校選びをするのも難しいものです。

英語も放っておくことはできない
時代になりました。

小さい頃から英才教育を
受けている子供たちを受験を
争うわけですから並大抵では
合格できないでしょう。

さすがに私が通っていた頃の
制服は変わっていますが
あの時計台は今でも変わっていません。



できれば私と同じ神奈川大学附属に
通って欲しいと思っているのは
親のエゴでしょうかね。

親子二人三脚で素敵な受験を
勝ち取りたいと思います。


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